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ポール・ボウルズ(1910〜1999)
┗アメリカ・ニューヨーク州生まれ。
 作曲家、作家。ビートジェネレーションの中核的存在。
 「シェルタリング・スカイ」「雨は降るがままにせよ」等が有名。

歯医者の息子として裕福な家柄に生まれた巨匠。
それなりにお坊ちゃまらしく淡々と過ごした少年時代でしたが、
胸の内には父への憎悪を持ちつづけるなど、淡い炎がみなぎっていました。

早熟だった巨匠は17歳で詩作を発表。早速編集者の目に止まり、時の文豪と
肩を並べて掲載されることになります。その思慮深い詩作を読んだ編集者は
すっかり老齢詩人の作品だとばかり思い込み、後に作者である少年を目の前に
して、たいそう驚いてしまったそうです。

唐突に大学を中退し、パリに渡ったのは18歳のとき。
その地で出会った作曲家に影響を受け、ついでに同性愛も体験しちゃいます。
そしてアメリカに戻ると本格的に作曲を勉強。これまたメキメキと頭角を
あらわし、数々の大きな舞台やバレエの作曲を担当。
作曲家としての地位を確立します。

と同時に放浪癖もメキメキ向上。あの地この地と脈絡なく
ふらふらしていたかと思えば、結婚を機にこれまた突然作家に転向。
これは作家である妻の影響が大きかったようです。
しかしまぁ、何に転向しようと天才肌・芸術家肌は変わらず。
出版するごとに一目置かれ、作家としても名を広めていきます。

モロッコに住まいを移した巨匠夫婦。ゲイ&レズビアンのカップルだった
二人は結婚当初から寝室は別々だったとの噂です。自由奔放な妻は同性愛の
集いに積極的に参加。そのうち他の女性と同棲を始めちゃいます。
かと思えば巨匠も巨匠で他の男性と暮らしたり・・・。

もともと精神的に弱い部分があった妻は年々酒と薬が手放せなくなっていき、
精神衰弱が悪化。入退院を繰り返し電気ショック療法まで受けています。
そしてある日脳卒中に倒れ失明。巨匠の介護も甲斐なく56歳で死亡して
しまいました。

その後の25年余りを巨匠がどのように過ごしたのかは謎に包まれています。
確かなのは、モロッコの地に定住していたという事のみ。
心臓発作でこの世を去ったのは89歳の時。「シェルタリング・スカイ」が
映画化され、巨匠の作品が再び脚光を浴び始めていた矢先の事でした。

2003.06.25 「まぐまぐ」より発行

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シェルタリング・スカイ(DVD)
ポウル・ボウルズの原作をイタリアの巨匠ベルトルッチ監督が映画化。
新鮮な安らぎを求めて旅する夫婦…。けだるい雰囲気の漂うエキゾチックな
風景がものすごく美しいです。音楽は坂本龍一。



■今日の余談─私の周りのダメ人間たち

└いかがわしい植物のいかがわしい作用を愛して止まない友人N。

 覚醒作用があると聞けば、危険なものから子供の遊びのようなものまで
 なんにでも興味を示し、そして研究を怠らないN。
 コレコレというサボテンがいいらしいと聞けばあらゆる方法で入手を試み、
 バナナのこの部分をああしてこうしてタバコのように吸うと、あんな効果が
 得られるらしいと聞けば、もちろんすぐさま実行。
 ついでに紅茶やお茶っ葉まで試してみるという念の入れよう。
 もちろん麻の葉っぱ、すなわち大麻は大のお気に入りである。

 「嗚呼!思う存分、麻の葉っぱと戯れたい!」
 そう思ったNはどこからか種を入手し、近所の空き地にばら撒いた。
 「どうせ誰も麻だとは気づかないさ」
 確かにその場所は雑草やら枯れ木やらでうっそうとしていて、
 人が立ち入るような気配も見られない。後は勝手に育ってくれるのを
 待つばかり。全く持って気楽なもんである。

 思惑通り着々と育っていく麻たちを、さりげなく、そして愛しく
 見守り続けていたN。「よし!そろそろ刈入れ時だ!」と見当をつけ、
 夜になるのを待って現地を訪れたNの目の前に広がるのは・・・

 自治体の健康的な活動により、草取り大会が行われたばかりの・・
 雑草もろとも大事な麻も刈り取られてしまったばかりの・・
 まっさらな更地であった。

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シェルタリング・スカイ(文庫)
本メールマガジンを発行していた当時、絶版となっていた本作が
時の流れを経て、復刻した模様です。

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